【第336号】身体が資本

1.怪我の後始末

 久しぶりに怪我をしてしまった。しかも運動中ではなく、日常生活の中で・・・。急いで歩いている時に、うっかり段差を踏み外してしまい、足をくじいてしまった。いつものように、放っておけば自然と治るだろうと思っていたら、悪化する一方に。風邪かな、と思っているうちに身体の内側から発熱。それと同時に、傷めていた足首が腫れ上がってきた。捻挫なんて本当に10年以上ぶりの怪我だった。病院に行く間もなく、出来るだけ動かさないようにしながら、テーピングをしたり、アイシングをしたり。なんとか手を当てて熱いなというのはなくなった。しかし、まだ赤み(というよりどす黒くなってしまっている)は取れていない。まだまだ大人しくしていろ、ということか。

2.病気・怪我をしない身体

 普段から気をつけていても、やはり油断してしまう。最近は、ようやく身体を冷やさないことは出来るようになった。人の目を気にせず、天気予報と自分の体調と相談しながら、着るものを調整したり、寝る時に注意するようにしている。睡眠時間にも気を使っている。怪我は盲点だった。しかし、予感はあった。この年齢になってくると、少し運動しなくなるとすぐに身体の柔軟性がなくなってくる。身体が固いなぁ、ストレッチしないとまずいなぁ、と思っていた矢先の怪我だった。やはり、「予防」が大事。「飽食」になると、身体の免疫機能も低下するので、腹八分目を意識するようにしている。基本は1日2食である。身体が自然に持つ風邪への抵抗力や怪我を直す力を生かす。これは意識しなくても、勝手に働いてくれる。

3.体調を崩してわかること

 今回、足首を捻挫して感じたのは、世の中、平らなところがいかに少ないか。ちょっとでも傾斜があると、足首に響く。そして人間の足首の機能はものすごく繊細で高度であること。なかなか2足歩行のロボットがでこぼこ道を歩けなかったのがわかる気がする。そして、周囲の人の暖かさである。以前、こんなに感じることがあっただろうか。「なんで人が怪我をして苦労しているのに、そんなに普通にしているの?」とイライラしていたからかもしれない。“怪我も修行”と思っていると、周りが心配してくれる、手を差し伸べてくれる。それはそれで嬉しいこと。それでも、健康でいることの有り難さである。普通に歩く、普通に話す、普通に遊べる、普通に美味しいものを食べる。この「普通」の有り難さ。「普通」では当たり前でない。